「情報技術革新と銀行」(注1)       日本銀行 金融研究所                        副調査役 岩下 直行 (注2)               −目 次−           1.情報ネットワークの発達           2.ICカードの利用           3.金融EDI           4.むすび 1.情報ネットワークの発達  情報ネットワーク社会が到来しつつある。職場にも家庭にもパソコンが普及 し、社内LANやパソコン通信を使用して電子メールで情報を交換することが 一般的になってきた。企業間取引におけるEDI(注3)の普及により、受発注、 納品等の情報を通信回線を経由して電子的に交換する企業も増えている。日本 各地で、自治体レベルのコンピュータ・ネットワークの構築が進んでいる。 インターネット(注4)を用いて世界中から情報を収集したり、世界に向けて情 報発信を行うことも珍しくはなくなってきた。  こうした変化は、銀行業務にとっても重要な意味を持つ。例えば、情報ネッ トワークの先進国である米国においては、インターネットが急速に普及する中 で、オンライン・ショッピングなどのインターネットを利用した新ビジネスが 多数登場してきている。こうした中、金融分野においても、オンライン・ショ ッピングの販売代金をインターネット上で安全に決済するための様々な仕組み が考案され、Cyber BankとかVirtual Bankなどと呼ばれるベンチャー・ビジネ スとして実際に営業を開始している。また、銀行業務そのものをインターネッ ト上で提供しようとする試みさえも実行に移されつつある。米国の金融専門紙 には、銀行やクレジット・カード会社がこうした分野でベンチャー企業と提携 する、あるいは合弁事業を始めるといった記事が頻繁に掲載されている(注5)。 米国の金融機関は、こうした先進的な試みに積極的に挑戦していくことによっ て、将来のビジネス・チャンスを開拓しようとしている。  我が国においても、銀行は、コンピュータ・ネットワークの草分け的な存在 であった。昭和40年代の第一次オンライン・システム以来、銀行は、他の産業 に先駆けて勘定系および情報系の行内オンライン・ネットワークを構築し、業 務の効率化と顧客サービスの向上を実現してきた。全銀システムやCDオンラ イン提携など、業界内でネットワークを相互に接続した経験も豊富だ。銀行は、 情報ネットワークの有識者として、地域社会のネットワーク化において主導的 な役割を果たすことができる能力を持っている。銀行が社会全体のネットワー ク化に積極的に関与する中で、新たなビジネス・チャンスを見出していくこと も可能となるのではないだろうか。   2.ICカードの利用  インターネットと同様に、近年銀行界で大きな注目を集めている情報ハイテ ク技術として、ICカード(注6)があげられる。ICカードを金融取引カード として使用する構想自体は、かなり以前から存在していた。我が国においても、 昭和60年頃に、いくつかの銀行で実験プロジェクトを実施している。その後、 特定の地域、企業、学校等に限定した形で、キャッシュ・カードとIDカード、 ポイント・カード、プリペイド・カード等を組み合わせた多機能カードとして ICカードの実用化が進められてきた。ただし、こうした国内のプロジェクト の規模はあまり大きくなく、ICカードの機能を限定的にしか利用していない ものが殆どである。  最近注目されているのは、海外で活発に取り組まれている「電子財布」 (electronic purse)と呼ばれる小口決済用のICカードである。電子財布と は、簡単に言えば、「度数の再充填を可能にした汎用のプリペイド・カードを ICカードによって実現したもの」と考えればよい。従来のプリベイド・カー ドとは異なり、利用目的が限定されておらず、様々な商店や自動販売機、公衆 電話等での支払いに汎用的に利用でき、かつ利用した度数を再充填できるため、 より現金に近い機能を持っているといえる。電子財布の機能の詳細は各々のプ ロジェクトにより異なるが、ICカードの中に充填した度数(価値)を、加盟 店での商品の購入に使用するだけではなく、通信回線を用いた個人間決済(I Cカード同士の資金送金・受入)に使用することを可能とするタイプもある。  海外における具体的な電子財布のプロジェクトとしては、本年7月からイギ リスのスウィンドン市で実証実験が開始されるMondexが有名であるが、デン マークのDanmont、台湾のFISCardなど、既に全国規模の実用化段階に到達して いるプロジェクトも存在する。米国のMACプロジェクトも既に利用者が30万人 を超えるなど、かなり大規模なものとなっている。これら以外にも、スイス (Swiss PTT)、フランス(La Poste)、ドイツ(GZS)、スペイン(SEMP)、 ポルトガル(SIBS)、ベルギー(Banksys)、フィンランド(Avant)、シンガ ポール(NETS)等、多くの国々において、民間銀行や政府機関などによる実験 プロジェクトの構想が進められている。また、ICカードを用いた高セキュリ ティ・クレジット・カードのプロジェクト(EMV)を共同で推進している大手 クレジット・カード会社(VISA、Mastercard、Europay)においても、IC カード型のクレジット・カードに電子財布の機能を付加することが検討されて いる。VISAは米国(アトランタ)、Mastercardはオーストラリア(キャンベラ) において、各々電子財布の実験プロジェクトを計画している。  ICカードによる電子財布構想自体はかなり以前から実験が進められてきた にもかかわらず、こうしたプロジェクトがここ2〜3年の間に急に具体化して きた背景には、技術進歩によるICカードおよび端末装置の価格の低下がある。 例えば、10年前、我が国で銀行による実験プロジェクトが盛んに行われていた 頃に使用されていたICカードは、1枚数千円以上もする高価なものであり、 当時のプロジェクトは将来への布石といった意味合いが強かった。ところが、 最近の海外プロジェクトで利用されているICカードは、1枚数ドル程度にま で値下がりしている。一方、端末装置を設置する小売店や自動販売機の運営者 側としては、小口現金の取り扱いに伴うコストを削減したいというビジネス・ ニーズが強まっている。ハイテク技術が進歩した結果、世界各国において、電 子財布プロジェクトがビジネスとして成立すると判断されるようになったとい うことだろう。 3.金融EDI  企業間取引のEDI化も進んでいる。EDIとは Electronic Data Interchange の略で、企業間取引において商品の受発注などを行う際に、企業 のコンピュータ同士を通信回線で接続し、標準化されたフォーマットを用いて、 電子的に商取引データを交換する仕組みのことである。従来、企業間取引にお いては、見積書、注文書、請求書等の書類(ペーパー)が情報伝達手段として 用いられてきた。しかし、ペーパーベースの取引に伴う労働コストや時間の節 減を企図して、1980年代初頭から多くの企業がEDIを導入するようになり、 現在では、鉄鋼、電子機器、自動車、商社、海運等、主要な業種において、幅 広くEDI取引が実施されるに至っている。  このような企業間の取引形態の変化を受けて、銀行が果たすべき役割として、 「金融EDI」と呼ばれるサービスが注目を集めている。全ての経済取引が資 金決済によって完結するものである以上、企業間のEDI取引の拡大は、資金 決済をも同一のシステムで一括して処理し、事務効率を更に引き上げたいとい う企業ニーズを高めることとなる。企業間のEDIネットワークに銀行が参加 し、商取引に付随する全ての処理をEDIにより完結させることを、「金融 EDI」と呼ぶ。  金融EDIを実現する方法には様々なものがあるが、もっとも典型的といわ れる米国ACH型のスキームについて、企業Aが企業Bに商品の購入代金を支 払う際の事務フローを説明しよう(図1参照)。 (1) 支払人の企業Aが、企業Bとの間のEDI取引データから自動的に支払指 図と明細情報からなる金融EDIメッセージを生成し、仕向け銀行Xに送 信する。 (2) 仕向け銀行Xがオンラインで受付けた金融EDIデータに基づいて被仕向 け銀行Yとの間で資金決済を行うと同時に、金融EDIデータも被仕向け 銀行Yに転送する。 (3) 被仕向け銀行Yは、受取人の企業Bの口座に入金処理を行うと同時に、入 金通知と明細情報からなる金融EDIメッセージを受取人の企業Bに通知 する。 (4) 受取人の企業Bが、企業Aとの間のEDI取引データと、被仕向け銀行Y から送信された金融EDIメッセージの明細情報を照合し自動的に売掛金 の消し込み処理を行う。 (図1)金融EDIの概念図 ┌−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−┐ │ │ │企業Bとの間                  (4)企業Aとの間│ │のEDI取引デー                     のEDIデータと │ │タから金融EDI ┌−−−−┐ EDI取引 ┌−−−−┐ 銀行Yから受│ │メッセージを自動 │ 企業A │(商流データ)│ 企業B │ 信した明細情│ │的に生成。  │(支払人)│←−−−−−→│(受取人)│ 報で自動的に│ │       └−−−−┘       └−−−−┘ 売掛金を消し│ │ | ↑ 込み。   │ │ |支払指図 入金通知| │ │ (1)| + + |(3) │ │ |明細情報 明細情報| │ │ | | │ │ | | │ │ ↓ 電子資金移動 | │ │       ┌−−−−┐ + ┌−−−−┐       │ │       │ 仕向け │明細情報の転送│被仕向け│       │ │       │ 銀行X │−−−−−−→│ 銀行Y │       │ │       └−−−−┘ (2) └−−−−┘       │ │       │ └−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−┘  こうした金融EDIサービスは、我が国の銀行が提供しているファーム・バ ンキングとどう違うのだろう。銀行と企業を通信回線で結び、振替指図の電子 的な入力を可能としている点は両者とも同じである。しかし、FB端末は顧客 企業の内部システムと十分連動していないため、企業は資金決済データをFB 端末に手作業で入力し直さなければならないし、振込入金について、それがど の取引に対応するものかを手作業で確認して消し込みを行わなければならない。 この点、金融EDIを導入した企業であれば、受発注から資金決済、その消し 込みまでを一体として自動処理できる。金融EDIの方がシステムは複雑でコ スト高になるが、その分取引先企業の経理事務が合理化できるのだ。  金融EDIは、現時点では我が国の銀行によっては提供されていない。最近、 金融EDIを実現するための方策に関して、銀行界と産業界とを交えた検討が 開始された。しかし、現時点では金融EDIのために直ちに利用可能なネット ワークや通信プロトコルが存在しないことなどがネックになって、当面、我が 国において金融EDIを実現することは困難な状況にある。  一方、欧米の先進的な銀行は、金融EDIを新たなビジネス・チャンスと捉 え、それを実現するためのシステム対応を進める一方、その顧客に対して積極 的にEDIシステムの導入を働きかけている。このように、顧客に対して金融 EDIサービスを提供する能力を持った銀行は、米国ではVAB(Value Added Bank)と呼ばれており、コンピュータ技術を活用した新たなイノベーションに より、銀行が活性化している典型的な例といえる。  また、アジアNIESやASEAN諸国においても、金融EDIのサービスを提供す る銀行が一部に出始めている。近年、これらの国では、いわば貿易立国の手段 として、国際標準に準拠したEDIを普及させ、国際貿易に活用することに国 を挙げて熱心に取り組んでいる。このため、ここ1〜2年の間に急速な勢いで EDIネットワークの構築が進んでおり、金融EDIの普及のための土壌が 整っているといえる。こうした国においては、金融ネットワークも、既存シス テムとの互換性にあまり制約されることなく、新しい、理想的なものを導入す ることができているようである。  それでは、海外の金融機関は、どのようにして金融EDIを提供しているの だろうか。いくつか具体例をみてみよう。 (米国ACH)  代表的な金融EDIの実現方法として、米国のACHの例を紹介する。米国 のACH(Automated Clearing House)は、連邦準備銀行などによって運営さ れている小口取引の資金決済ネットワークで、我が国の銀行システムに対比す ると、自動振込、自動引落のためのMTデータ交換と、全銀システムのテレ為 替に相当する機能を果たしている(注7)。ACHは加盟銀行から送信されてきた 振替指図データを蓄積した上でバッチ方式で処理するシステムであるため、取 引が入力されてから決済されるまでに1〜4日程度を要するが、その分、大量 のデータを安価に処理することができる。  米国の銀行は、企業から送信された金融EDIメッセージに資金決済情報を 付加し、これをACHのネットワークを通じて送受信することにより、企業に 対して金融EDIサービスを提供している(図2参照)。そのようなことが 可能なのは、ACHがCTX(Corporate Trade eXchange)と呼ばれる金融 EDI用の電文フォーマットを開発し、ACH上で処理可能としているから である。CTXは、ANSI X12という米国のEDI標準に準拠した金融 EDI用のメッセージ(支払指図、入金通知、明細情報等)と、ACH用の 資金決済情報を組み合わせたもので、1988年に開発された。  このようなACHを利用した金融EDIは、米国において、必ずしも広範に 利用されている訳ではない。米国の企業間決済は、依然として小切手による支 払いが主流であり、ACHを利用した企業間決済は高々12百万件と、全体の決 済件数からみれば微々たるものにすぎない。ただ、金融EDIは、ゼネラル・ モーターズやシアーズ・ローバックといった大手企業の業務見直しの一環とし て取り上げられることが多く、こうした企業は金融EDIの導入によって経理 事務を大幅に効率化し、競争力を高めようとしていることに注目する必要があ るだろう。 (図2)米国のACHを利用した金融EDI ┌−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−┐ │ | │┌−−−−┐  ANSI X12を利用した ┌−−−−┐(5)EDIによ| ││ 企業A │ EDI取引(商流データ) │ 企業B │ る自動消│ ││(支払人)│←−−−−−−−−−−−−−−→│(受取人)│ し込み。│ │└−−−−┘        └−−−−┘ │ │ | ↑ │ │ |ANSI X12フォーマットの ANSI X12フォーマットの | │ │ (1)|金融EDIメッセージ(支 金融EDIメッセージ(入 |(4) │ │ |払指図+明細情報) 金通知+明細情報)| │ │ ↓ | │ │┌−−−−┐ ┌−−−−┐     │ ││ 仕向け │ │被仕向け│     │ ││ 銀行X │ │ 銀行Y │     │ │└−−−−┘ └−−−−┘     │ │ | ↑ │ │ |CTXフォーマットの CTXフォーマットの | │ │ (2)|ACHメッセージ ACHメッセージ |(3) │ │ |(資金決済情報 ┌−−−−┐ (資金決済情報| │ │ | +明細情報) | | +明細情報) | │ │ └−−−−−−→| ACH |−−−−−−−−┘ │ │ | | │ │ └−−−−┘ │ │ │ └−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−┘ (ゼネラル・モーターズとファースト・シカゴ銀行)  ACHのCTXのように、銀行間の決済ネットワークに金融EDIをサポー トする機能がなければ、銀行は金融EDIサービスを提供できないのだろうか。 必ずしもそうでないことを実例でみてみよう。  1980年代前半に、ゼネラル・モーターズ(GM)は、経理部門の合理化を進 めるために金融EDIの導入を企図し、ファースト・シカゴ銀行をパートナー に選んだ。1988年にCTXが開発される以前は、ACHを経由して金融EDI データ(支払指図や明細情報)を送ることができなかったので、GMは、パソ コンと公衆回線ベースのネットワークを、取引業者と銀行との間に構築した。 このネットワークでは、(1)最初にGMがファースト・シカゴ銀行等、特定の 取引銀行6行に対して買掛金に対する金融EDIデータ(支払指図と明細情報) を送信する。(2)GMの取引銀行は、資金を取引業者の銀行にペーパーベースで 資金支払指図を行なうと同時に、取引業者に対してパソコン・ネットワークを 経由して金融EDIデータを送信する。(3)取引業者は、GMの取引銀行から 受け取った明細情報に基づいて、売掛金の消し込みを行う、という事務の流れ となる(図3参照)。なお、現在GMは、独自のパソコン・ネットワークを廃 止し、CTXフォーマットを使用したACH方式に移行している。 (図3)CTXフォーマット開発以前のEDI−GMとファースト・シカゴの例 ┌−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−┐ │ | │┌−−−−┐  業界標準を利用した ┌−−−−−┐(3)EDIによ| ││ GM │ EDI取引(商流データ) │GMの取引先│ る自動消│ ││(支払人)│←−−−−−−−−−−−−−→│ (受取人) │ し込み。│ │└−−−−┘      └−−−−−┘ │ │ | ↑ ↑ │ │ |独自フォーマットの / | │ │ (1)|金融EDIメッセージ(支 / | │ │ |払指図+明細情報 / | │ │ | / | │ │ | * * * * * * * * * * * * * * | | │ │ |* *| | │ │ * GMが運営するパソコン・ネットワーク * | │ │ * | | * | │ │ * | | * | │ │ * | MACによる認証と暗号化 | * | │ │ * による守秘を実現 * |入金通知 │ │ |* *| | │ │ | * * * * * * * * * * * * * * | | │ │ | | | │ │ ↓ (2)独自フォーマットの金融EDI| | │ │┌−−−−−−┐ メッセージ(明細情報) | ┌−−−−┐     │ ││GMの取引銀行│−−−−−−−−−−−┘ │被仕向け│     │ ││ファースト・シカゴ等│−−−−−−−−−−−−−→│ 銀行 │     │ │└−−−−−−┘(2)ペーパーベースの資金支払指図 └−−−−┘     │ │  │ └−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−┘  なお、本方式を採用したとき、GMは、パソコン・ネットワークから資金 振替依頼に関する情報が漏洩したり、改竄されたりすることを防止するため、 ネットワークを流れる情報を暗号化により秘匿したほか、各送信電文にMAC (Message Authentication Code)を付すことによって、受信者側で発信者の 相手認証を行う作りとした。 (台湾のTrade-VAN)  金融EDI化はアジアの国々でも進んでいる。独自の工夫をこらした取り 組み例もある。例えば、台湾のTrade-VANにおける金融EDIを紹介しよう。 昨年11月、台湾政府は、輸出入における通関事務を効率化することを企図して、 輸出入業者と税関等を接続するEDIネットワークであるTrade-VANを構築した が、このプロジェクトの中で、輸入業者が関税を納付する事務をEDI上で 処理することとした。台湾には銀行間の資金決済ネットワークが存在するが、 関税納付事務に関してはそのネットワークを利用するのではなく、Trade-VANに 銀行が直接参加し、輸入業者、税関とデータ通信を行うことにより輸入業者の 口座から関税相当額を引落し、銀行の税関口座に振り替えるという構成をとる ことで、新しいタイプの金融EDIを構築したわけだ。  Trade-VANにおいては、一般の商流・物流の情報と、金融情報とが同じネット ワークを流れる。しかし、金融情報の部分については、他の情報以上にセキュ リティを確保する必要が生じる。このために、Trade-VANの金融EDIにおいて は、RSA方式の公開鍵暗号を用いたデジタル署名を採用している。すなわち、 各輸入業者に署名用の秘密鍵を持たせ、支払指図のEDIメッセージを銀行宛 に送信するとき、当該電文に対して電子的な署名をする。これを受け取った 銀行は、配布されているその業者の公開鍵を用いてデジタル署名を確認し、そ の上で資金引落を行う、という仕組みである(図4参照)。オープンなネット ワークで金融業務を行う場合のセキュリティ確保の方法として、大変興味深い 試みである。 (図4)台湾のTrade-VANによる金融EDI−関税支払いの事務フロー ┌−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−┐ │ | │┌−−−−−−┐ 貨物通関情報をTrade-VAN経由で交換┌−−−−−−┐| ││ │←−−−−−−−−−−−−−−−→│ ││ ││ 輸入業者 │ (1)関税支払請求メッセージ(CUSRES) │ 税 関 │| ││ │←−−−−−−−−−−−−−−−−│ ││ ││(関税支払人)│ (5)輸入許可通知(CUSRES) │(関税受取人)││ │| |←−−−−−−−−−−−−−−−−| |│ │└−−−−−−┘ └−−−−−−┘│ │ | ↑ ↑ │ │ | \ |税関は、銀│ │ | \ |行からの入| │ | \ |金案内を確│ │ | \ |認の上、輸│ │ |関税支払指図 \ デジタル署名に |入業者に輸│ │(2)|(PAYEXT) (3)|対する認証済通知 |入許可を通│ │ |+RSA方式の |(AUTACK) / 知。 │ │ |デジタル署名 |+引落通知 / │ │ | |(DEVADV) / │ │ | / / │ │ | / / │ │ | / / │ │ ↓ / / │ │┌−−−−−−┐(4)関税入金案内(CREEXT)/      │ ││ Trade-VAN │−−−−−−−−−−−     │ ││ 参加銀行 | Trade-VAN参加銀行は、輸入業者からの    │ │└−−−−−−┘デジタル署名を確認の上、輸入業者の預金   │ │ を引落して税関の口座に振替。   │ │   │ └−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−┘ (注)全てのメッセージは、Trade-VANという貿易EDIネットワークを経由して交換される。 また、各メッセージは、EDIFACT標準に準拠して定められており、各メッセージに付 記した英字6文字は、国際標準メッセージ(UNSMs)に定められたメッセージ・タグで ある。 4.むすび  これまで、我が国の銀行が推進してきた機械化、構築してきたネットワーク は、巨大な計算センターや専用回線に象徴されるように、銀行の中に閉じたも のであり、顧客側システムとの接続はかなり限定的にしか考慮されていなかっ た。ファーム・バンキング端末にしても、顧客側のシステムとの融合は考慮さ れておらず、銀行のネットワーク専用の端末を顧客の事業所に設置するという 構成をとってきた。そのようにして、物理的に銀行ネットワーク全体を他の ネットワークから隔離し、自ら管理することによってセキュリティを確保しよ うとしてきた。  しかし、情報ネットワーク社会が到来し、顧客側が何らかのコンピュータ・ ネットワークに接続しているという状況になると、状況は変わってくる。他の 取引をネットワーク経由で行っている顧客は、銀行取引を行う場合だけは手作 業でやって欲しいとか、専用の端末や回線を使用して欲しいと言うと、いい顔 はしない。金融サービスを自らが接続しているネットワークに対して提供して 欲しいという顧客のニーズが生まれてくる。つまり、「金融ネットワークの オープン化」に対する要望である。  情報ネットワーク社会における銀行は、そのような顧客ニーズに積極的に応 えていく必要があるだろう。金融ネットワークをオープン化し、金融業と他産 業の機能を融合させることにより、これまでになかった新しいビジネス・チャ ンスが拓かれてくることが期待できる。仮に銀行がその様なニーズに応えてい かないと、銀行以外のネットワーク参加者が銀行に代る機能を提供してしまう かもしれない。それは、情報ネットワークがない時代よりも、遥かに起こり易 いことのように思われる。  例えば、金融EDIを実現するためには、企業間取引のデータと金融データ を組み合わせて処理する必要があるため、何らかの形で顧客側のEDIシステ ムと、銀行の金融ネットワークに接点を作る必要がある。どのような方法を採 るにしても、物理的な隔離というこれまでの銀行システムのセキュリティの方 法論を考え直す必要がある。また、金融ネットワークをオープン化したとして、 それが他のネットワークと対話できるのかということも大きな問題だ。そうし た観点から、銀行が金融ネットワークのオープン化を進める上でのキーワード は何かを考えてみよう。  第一のキーワードは暗号技術である。金融ネットワークのオープン化が進み、 ネットワークの提供者がシステム全体のセキュリティを確保するという考え方 が機能しなくなると、個々の取引について、end-to-endのセキュリティを確保 する手段として、情報セキュリティ技術、つまり暗号技術が非常に重要となっ てくる。例えば、オープンなEDIネットワークの中で送信する資金支払指図 データの安全性を確保するために、デジタル署名を認証に活用しているシステ ムの例がある。特定の相手以外には開示できない金融情報をオープンなネット ワークで送信する場合は、暗号による秘匿が必要になる。今後の情報技術革新 を、オープンなネットワークの中でビジネスに繋げていくためには、暗号技術 への理解が不可欠となるだろう。  第二のキーワードは、プロトコルの標準化である。プロトコルの標準化とは、 ネットワーク上の電子的な情報交換に用いられる様々な約束ごと(プロトコ ル)を共通の標準に統一することにより、ネットワーク参加者の誰もが取引に 参加できるようにすることである。通信プロトコルには様々な階層があるが、 これまで我が国の銀行界は、電子資金移動にかかるプロトコル等、国内、業界 内のアプリケーションレベルの標準化については円滑に対応できてきた。しか し、金融ネットワークのオープン化により、非金融業や海外のネットワークと 密接に交信する必要が生じるようになると、単に国内、業界内だけの標準化で はなく、もっとグローバルな標準化への努力を求められるだろう。また、実務 におけるリーダーシップを確保するために、自ら仕様を公開し、標準として提 供していく努力も求められるのではないだろうか。 脚注----------------------------------------------------------------- 1)文中、意見に亘る部分は筆者の個人的な見解である。 2)電子メール・アドレス:iwashita@imes.boj.go.jp 3)EDIについては、3.を参照。 4)インターネット(Internet)とは、TCP/IPという通信手順を用いて相互に交 信することのできる世界中のコンピュータ・ネットワークの集合体のこと。 インターネットを用いて、現在3000万人に達するといわれる世界中のユーザ ーとの間で自由に電子メールを交換したり、WWWと呼ばれるマルチメ ディア 情報網を検索することができる。 5)例えば、American Banker紙の Technologyのページ等。 6)ICカードとは、銀行のキャッシュ・カードと同じサイズのプラスチック・ カードにICチップを埋め込むことにより、大きな記憶容量と高い演算機能 を持たせたもの。スマートカード、チップカードなどとも呼称される。 7)米国ACHにおける取引処理件数は、1993年合計で22億件であるが、その殆 どは公務員給与や年金、社会保障給付金の自動振込と公共料金等の自動引落 である一方、全銀システムのテレ為替と対比できる企業間決済への利用件数 は12百万件(全体の0.6%)にすぎない。 ======================================================================= 【出 典 元】 地銀協月報'95.6 【名  称】 情報技術革新と銀行 【著作者名】 岩下直行氏(日本銀行金融研究所副調査役) 【転載者名】 ちょんぱぱ(GFC00622) 【転載条件】 転載はご遠慮ください ----------------------------------------------------------------------- 本稿をFKINYUに転載したい旨を著作者であります日本銀行の岩下直行氏にご相 談いたしましたところ、快くご了解いただき、また出典元であります地方銀行 協会様から転載の了解を取り付けていただきました。心より感謝申し上げます。 =======================================================================