金融庁で開催された「金融審議会・暗号資産制度ワーキング・グループ(第3回)」(2025年9月29日)の議事録が公開されました。以下に、私の発言部分を引用します。
【岩下委員】 ありがとうございます。本日は多岐にわたる非常に興味深い議論がございました。とりわけ最初に落合参考人から欧州のMiCAの話がありましたが、改めて詳しく聞いてみると、いわゆるrace to the bottom(底辺への競争)の状態になっているように感じます。我々は今後どこまで下っていくのだろうか、おそらくアメリカもこれから同じようなことをやるだろうし、と思った次第です。
また、松尾真一郎委員からCGTFの話をいただきました。私も暗号資産交換業界のセキュリティについて少しばかり協力してきましたが、実際にこの作業をやってみて強く思うことは、暗号資産というのは、ある意味で匿名性に振り切っているビジネスであるため、それによって極めてリスクが高くなっているということです。我々は何となく匿名性というものは良いことのように思っているのですが、実はそうではなく、通常の金融ではとても取らないような大きなリスクを取っているのです。実際にセキュリティ対策の議論をする際に、それを強く感じながら作業をしていたことを思い出しました。
また、本日のメインであろうICOトークンをどのように管理するかという課題について、日本暗号資産等取引業協会から資料が出ています。資料3の13ページについては、自分が出さなければいけないかと思っていたところでしたので、資料を示していただいてありがたく思います。この資料により、前回私が発言した、1銘柄も現在価格が公募価格を上回っていないということを改めて証明していただきました。しかも、この資料をよく見ていただくと、最高値から現在価格への下落率は更に激しいことが分かります。現在価格が良いもので最高値の30%(下落率70%)、悪いものだと最高値の3.8%(下落率96.2%)にまで下落しています。売出し当初に高値を付けて、それが大幅に下がったままになるというICOの構造を改めて実感した次第です。
資料4についてコメントさせていただきます。今回の整理は、ICO/IEOのトークンについても、金商法の株式に類似した規制を導入し、情報提供規制や公正取引規制を課すことで、新しい投資クラスとして整備するという構想のように見えます。いわば資産運用立国に資する新しい投資商品として、ICOトークンも含めた暗号資産全体を取り込もうという方向性です。
しかし、株式や債券と比べれば明らかなように、ICOトークンは、発行体に投資家の期待に応える経済的なインセンティブがありません。株式であれば、残余財産請求権や議決権などがありますし、企業価値の向上を通じて利害を共有しましょうという話になります。あるいは、債券であれば元本償還や利払いをしなければいけないので、返済に向かって努力するというインセンティブが働きます。
これに対してICOトークンは、投資家の権利がほとんどなく、ホワイトペーパーに記載された事業計画も実効的な拘束力を持ちません。発行体にとっては、トークンを売って資金を集めること自体が目的化しやすく、発行後に投資家の期待に応える動機づけが著しく弱いのです。一部には、ガバナンストークンであれば、投資家が意思決定に参加できるという議論があります。しかし、ガバナンストークンの実態を見てみますと、投票率が低く、法的拘束もなく、経済的インセンティブもありません。もし本当に投資家によるガバナンスに実効性を持たせたいのであれば、最終的には株主総会や会社法に基づく義務に帰着せざるを得ず、これは結局IPOで株式を発行するべきだという話になってしまいます。
このように、インセンティブ構造が欠落したトークンを、情報公開や形式的な規制のみで立派な投資適格資産に仕立てるということは不可能です。むしろ制度に取り込むことは、無責任な発行に制度的にお墨つきを与えてしまう恐れがあります。この点は、冒頭の事務局説明では否定されていましたが、まさにお墨つきそのものになってしまうであろうということが極めて憂慮されます。
実際に過去に何が起こったかを見てみましょう。先ほどは2020年以降のIEOの相場変動を見ましたが、実は日本のICOの歴史はもっと古いものです。2017年に金融庁は、ICOは暗号資産交換業の業務に該当するという整理を行いました。これによって、一般企業によるICOは実質的に行えなくなりました。
しかし、登録済みの暗号資産交換業者自身によるICOはこの規制の枠外となりました。この結果発行されたのが、COMSAとQASHです。2017年に発行されました。この2つのICOはどちらも100億円規模の資金調達を行いました。ところが、資金を集めたものの、宣伝された事業は事実上全く実施されませんでした。トークンは数か月のうちにほぼ無価値になり、交換業者はどちらも最終的に廃業に至りました。この間の相場変動をグラフで見ると、その実態がよく分かります。Investing.com(インベスティング・ドットコム)というサイトに今でも履歴が残っていますので、検索すればすぐに見ることができます。
ところが、これらの交換業者は、罪に問われることも、損害賠償を求められることもありませんでした。これらのICOは、資金を集めるだけで何もしなくても特に問題にならないという悪しき前例を残したわけです。このような制度を再び金商法の枠組みの中で容認するということは、同じ事態を繰り返すことにつながりかねません。
2017年当時、世界的なICOブームがありましたが、その中で金融庁がある意味で身をもってそれが国内に波及することを防いでくれました。当時の金融庁の職員の方々の御苦労は並大抵ではなかったと思われ、改めて敬意を表します。ただ、残念なことに発行が認められなかったICO発行希望者の一部が、いわゆるICO詐欺に走る事例もありました。その結果、刑事事件が立件されたわけですが、そのときの報道によれば、首謀者の1人は「我々は早過ぎた。いずれ、我々の行為が合法になる日が来る」とうそぶいたと言うのです。私はその日を実現してはいけないと思っています。
当時流行していたICOというのは、そもそもイーサリアムで代金を支払うので、暗号資産に熟練した投資家しか参加できませんでした。しかも、トークンセール中に高値で売り抜けるゲームのようなものだと思われていて、そのゲームに負けたら「外れ馬券なので仕方がない」と思われていたらしいのです。
しかし、もしこれを金商法の枠組みの中で普通の投資商品とするのであれば、状況は大きく変わり、一般投資家が巻き込まれやすくなります。売出し直後に最高値をつけて、その後暴落してそのままという、商品構造はそのままですので、消費者被害が拡大するということは容易に想像されます。
したがって、私は反対ですが、もし制度としてICO、IEO類似の仕組みを取り込まざるを得ないというのであれば、まずは、トラブル発生時の対応のあり方をきっちりと整理する必要があります。被害が拡大する前に、しっかりとどういう対処を取るかということを考えておかなくてはいけません。
今現在、この種のスキームに対する多くの相談案件が金融庁と消費者庁にそれぞれ届いていると聞いております。金商法の枠組みの中に入れる場合は、今後さらに相談件数が増えることが危惧されますので、本ワーキング・グループにぜひ消費者庁の方をオブザーバーで招いて、実際に消費者保護の観点からどう対応するかということについて、しっかりと意識を合わせておく必要があるのではないかと思います。
制度の目的は、本来は投資家保護をうたっているわけですが、その制度が結果的に過去に詐欺とされたスキームを追認するものとなってはならないということが私の意見です。
議事録の全文は以下のリンクでご覧いただけます:
👉 金融庁サイト・金融審議会 暗号資産WG議事録(2025年9月29日開催)
