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ハンコを義務付ける唯一の国で

『印鑑なしで法人登記』法案提出を見送りへ。自民党議員「印鑑業界の意見がすべてではないが…」(Huffingtonpost、2019年03月08日 15時55分 JST)

業務に印鑑が必須な国なんて、日本以外ないのに、まだこんな議論をしているのかと思うと悲しくなってしまう。

私も前職が銀行員だから、大事な仕事として、印鑑の引継ぎとか印影の確認の儀式を執り行ったことがある。その時は、何やら伝統芸能の家元にでもなったような気分だった。しかし、普通のハンコは伝統芸能ではない。もしそれが観る人を楽しませたり、芸術・文化として価値を持つようなものならば、残す価値はあるだろう。同じハンコでも、例えば落款印などには芸術性もあり、その彫り師の中にはスゴ技の名人もいる。

しかし、単に銀行で本人を確認するとか、不動産の登記の認証を行う目的と考えるならば、ハンコという技術はもうその有効性を失っている。誰もがカラーコピーや3Dプリンターで印影や印章を偽造できる時代に、印影が同じか確認するという行為は儀式に過ぎない。最近起きた地面師の事件でも、結局は紙の書類だけ確認したのではだめで、近所の人への聞き込みとか、生まれた年の干支を言わせるとかして、権利者本人かどうかの確認をする慣行になっていると報じられている。自治体が発行する印鑑証明も、本人以外でもコンビニで発行できる時代になった今、セキュリティ技術の観点からは、それを頼った取引をすることにはリスクが大きすぎると感じる。

だから、一刻も早く、ハンコを前提とした法制度をなくしていくべきだろう。そして、もっとしっかりした基盤の上に、本人確認の仕組みを形成するべきだと思う。そのほうが「カッコイイ」と思う人は、ハンコでもゴム印でも使えばいいと思うけれど、ハンコを強制する制度を残すことは、イノベーションに後ろ向きな政府の姿勢の象徴のようにみえる。銀行業界でも、既にハンコを登録・確認しない銀行や商品が増えている。ネットバンクは元々ハンコなしだし、メガバンクもハンコ・通帳なしの預金商品を顧客に提案し始めている。銀行法には、ハンコを使えとは書いてないので、そういうことができる訳だ。

印鑑業界のことも考えてほしい、という報道も多い。でも、かつての石炭産業や繊維産業など、産業構造の変化の中で衰退していった産業は少なくない。時代は変わりゆくものだ。印鑑業界だって、規制のおこぼれで生きていくよりも、伝統芸能や芸術系の道を究める方向に進んだほうが展望が開けるのではないか。