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ナゾと推論10 工業県山口を支えるもの

 日銀下関支店長 岩下直行

山口県の経済規模は、県内総生産、事業所数、就業者数といった統計でみると、だいたい全国の1%で、47都道府県の中では総じて中位に位置している。しかし、製造品出荷額だけは全国の2%を占めている。多くの工場が立ち並ぶ山口県は、経済規模対比で2倍の製品を作り出す工業県だといえる。
歴史を振り返れば、江戸時代の長州藩では「毛利四白政策」として、米のほか、塩、紙、蝋(ろう)の製造が奨励されたため、製塩、製紙などの伝統的工業が発達した。明治維新後は、岩国に製糸工場が置かれたのを皮切りに、小野田のセメント、宇部の石炭、下関の海運等で、産業の近代化が進んだ。大正から昭和初期にかけては、地元に将来性のある産業を根付かせようとする先人たちの手によって、岩国、周南、宇部、下関に化学、鉄鋼、機械工業が興り、昭和30年代には瀬戸内海沿岸に石油化学コンビナートが相次いで建設され、現在に至る産業構造が固まった。

こうした山口県の工業を現場で支えている工場労働者の多くが、山口県内の工業高校の出身者だ。山口県には多くの工業高校があり、製造業の現場で働く人材を育成している。

山口県に住んでいるとそれが当たり前に思えてしまうが、下関から岩国までの瀬戸内海沿岸のように、大手製造業の工場が次々に連なっている場所は、日本にもそう多くはない。県内の工業高校に通う高校生は、これらの工場を身近な存在として感じ、将来の就職先として意識するようになるので、明確な目標の下で必要な技術の習得に集中することができる。製造業に恵まれた山口県は、工業高校生にとって理想的な環境といえるだろう。

加えて、企業サイドでも、こうした環境を活かして、工業高校のインターンシップに積極的に協力し、歴代OBが後輩の世話をしながら交流を図る枠組みができている。地元を挙げて工業に携わる人材を育成する土壌が備わっていることは、工業県山口を支える大切な基盤である。

優秀な人材を現場作業員として確保できるかどうかは、国内拠点を海外に移転するかどうかを考える際にも、大きなポイントとなる。特に大きなプラントを制御する素材産業の場合、新興国の現地工場では、何らかのトラブルが発生した場合、臨機応変な対応ができず、被害を拡大してしまうことが多いらしい。

これに対し、山口県の工場では、工業高校を出て10年以上修行を積んだ作業員の「現場力」が、トラブルの予防や被害の限定に有効に機能しているという。そうした部分に明確な優位性がある限り、工場を国内に置くことが合理的な判断となる。

わが国の産業空洞化を回避するためにも、山口県の工業高校には、今後も優秀な人材を育成し続けて欲しいと思う。

(2010.11.25日 山口新聞掲載)

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