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押印という過剰な「作法」

キャノンの広報誌にハンコ廃止論議に関するインタビューを掲載していただきました。また、全文がキャノンのサイトにも掲載されています。

https://cweb.canon.jp/cmag/it/vol101/index.html

ただこのサイト、3ページにわたるweb文書なのですが、次ページに飛ぶところがわかりにくいですね。この辺は、紙の雑誌の方が読みやすい。webをどうデザインするかの問題であって、デジタル化を否定している訳ではありませんが、まだまだ色々な課題があるということでしょう。私のインタビュー部分のみ、紙媒体にできるだけ似せて、以下に転載します。

ITのチカラ Vol.21 業務デジタル化最後の関門「契約業務」

業務の効率化を図るためにテレワークの導入を進める企業が増加する中、請求書や契約書などへの押印が、ビジネスプロセスの電子化のボトルネックになっているケースは少なくない。今後、日本の生産性向上や業務効率化を見据えて契約業務をどのように変革していくべきなのかについて、京都大学 公共政策大学院 教授の岩下直行さんに聞いた。

今回のポイント

  • 日本ならではの過剰な「作法」が生産性向上を遅らせている
  • コロナ禍でテレワーク導入が加速、働き方改革は不可逆的に進む
  • 一種のセレモニーだった契約業務もテレワークで必然的に電子化
  • 行政手続きの押印は99%が廃止に。電子化の流れは止まらない
  • 電子化が遅れれば企業の競争力は削がれ、人材獲得でも劣位に

 

日本ならではの過剰な「作法」が生産性向上を遅らせている

――日本企業の労働生産性と業務の効率化の現状についてどう見ていますか。

労働生産性については統計の取り方によって変わる面もあり、日本の労働生産性が必ずしも低いとはいえません。平均的には、日本の労働者は仕事が早く、クオリティーも高いのではないかと感じます。何より、かつての日本は高い生産性を誇り、「メイド・イン・ジャパン」の素晴らしい製品を数多く世界に送り出し、1980~90年代前半まで、日本人の働き方や日本企業の経営は「世界の模範」とされていたのです。

しかし残念ながら、「失われた30年」という言葉もあるように、現在の日本は世界経済の劣等生のように表現されることがあります。このような状況になった要因にはさまざまなものがありますが、一つには業務でのインターネットの利用が忌避されがちだったことが挙げられるでしょう。1995年に「Windows 95」が発売され、個人でのインターネットの利用が急速に普及していく中、多くの日本企業は業務でのインターネット利用に後ろ向きで、積極的に利用するようになったのは、2000年代に入ってからのことでした。

背景には、インターネットが普及する前から公的機関や銀行など多くの大企業が自社内でコンピューターなどの資源を持ち、独自の経理システムなどを構築して合理化を進めていたという事情があります。デジタル化のプロセスにおいて、日本では現在でいうレガシーシステムと呼ばれる仕組みがすでに入っていて一定の省力化に成功していたため、その後インターネットが普及した際にも、従来どおり企業内システムを利用し続けることが好まれたのです。

また、日本には華道、茶道、剣道、柔道など、さまざまなものを「道」にする文化があり、職場においても、「道」として「こうあるべきだ」というこだわりを持つことや、先人から受け継いだ「作法」を引き継ぐことが正しいとされる傾向があると感じます。これにより、業務においても、”整える”ことに重きが置かれ、ビジネスプロセスの中で改善されるべきことも過剰な「作法」として残ってしまっている面があります。いまだに、「パソコンは書類を作成してプリントして押印するための道具であり、仕事とは立派な決裁文書を作成して承認を得ることだ」と考えている人もいるのではないでしょうか。

しかし本来、仕事は「プロジェクトでどれだけ収益を上げられるか」「ビジネスをいかに活性化させて成長していくか」といった観点で評価されるべきであるのはいうまでもありません。古い「作法」は日本の生産性向上の足を引っ張り、経済成長を遅らせているのではと感じますし、これを非常に残念に思います。

コロナ禍でテレワーク導入が加速、働き方改革は不可逆的に進む

――働き方改革の進展状況、特にテレワークの導入についてはいかがですか。

多くの人は、古い「作法」が残る合理的ではない業務の進め方に不満を感じていたのではないかと思います。その声が高まったことが、近年の働き方改革推進につながったのでしょう。

以前から働き方改革の必要性が叫ばれてはいましたが、古い考え方はなかなか払拭されず、残業や深夜まで続く飲み会などが当たり前とされる職場は少なくありませんでした。それが、コロナ禍で状況は一変し、テレワークの導入が一気に進みました。感染拡大防止の観点から、出社して対面で話し込んだり、取引先にあいさつに行って直接会話をしたりといった機会も大幅に減ったはずです。日本ではビジネスシーンにおいて「とりあえず会ってあいさつする」「飲み会で腹を割って話す」といったウエットな対人関係が重視される傾向がありましたが、業務をドライに進めることを余儀なくされたことにより、「テレワークで効率的に業務が進む」「会社訪問して世間話をしなくても、メールやコミュニケーションツールを活用すれば良好な関係性を築くことができる」といった気付きを得た人も多いのではないでしょうか。

このような気付きは、コロナ禍が収束した後の日本企業や社会に大きな変化をもたらすでしょう。対面でのコミュニケーションが復活する中でも、テレワーク等を活用した働き方改革は不可逆的に進むはずです。

一種のセレモニーだった契約業務もテレワークで必然的に電子化

――テレワークの導入が進む中、電子契約の活用も増えています。

そもそも契約は口頭でも成立するものであり、契約書に押印することは必須ではありません。契約時に社長同士が対面して押印したり、契約書を高級紙で作成して大事に扱ったりするのは、ウエットな対人関係を重視する日本社会の象徴的なセレモニーの一つだったといえるでしょう。しかし紙の契約書を取り交わそうとすると、どうしても押印や郵送などのアナログな作業が発生するため、業務の効率性は下がってしまいます。コロナ禍によってそのことが浮き彫りになったいま、電子契約が広がっているのは必然です。

行政手続きの押印は99%が廃止に。電子化の流れは止まらない

――押印が減少し業務の電子化が進む流れは確定的なのでしょうか。

押印については以前から議論が重ねられてきました。民間企業同士の契約以上に問題だったのが、公的機関と民間企業との書類のやりとりにおける押印です。個人向けや士業向けの手続きでは一部電子化が進んでいましたが、民間企業向けに関してはほとんど進んでおらず、公的機関に提出する書類の多くで押印が必要でした。

しかしコロナ禍により「脱ハンコ」の議論がクローズアップされ、行政手続きにおける押印の義務付けに対する風当たりが強まりました。2020年11月には、ハンコが必要とされてきた1万5000種類以上の行政手続きのうち、99%について押印義務を廃止することが発表されました。この政府の動きにより、「空気」ががらりと変わったと感じます。今後は、これまで押印が必要とされていた業務の見直しが進み、電子化が大きく進展するでしょう。

従来は「国の制度で押印が求められているから」「社内で権限を持っている人がデジタル化に消極的だから」といった理由で電子化が進まなかった面があったように思います。しかし、世の中は急速に変化しています。紙で書類を作成して倉庫に保管する場合と、電子化してサーバーやクラウドに保存しておく場合のコスト効率の差を考えても、電子化を進めない理由はありません。

電子化が遅れれば企業の競争力は削がれ、人材獲得でも劣位に

今後、従来のビジネスプロセスにこだわる企業は、業務効率の点で競合企業との間に差が生まれ、競争に競り負ける可能性があります。厳しい競争の中にある企業にとって電子化の遅れは命取りになりかねません。また、電子化は優秀な人材の獲得という観点でも積極的に進める必要があります。デジタルネイティブと呼ばれるこれからの社会を担う世代は、時代の変化に対応できていない企業を選ばないでしょう。新たな業務プロセスに違和感を覚える人もいるかもしれませんが、電子化は結果的に、働く全ての人のためになるものです。契約プロセスをサポートするサービスの導入やベンダーの活用で、契約業務の電子化をよりスムーズに進めることもできます。現場も経営層も、全員が一丸となって「電子化でビジネスプロセスを変革していくのだ」という意識を持つことが必要です。

岩下氏の注目POINT

  • 生産性を向上させ成長率を上げていくには、電子化による業務プロセス改善が必要
  • 契約書への押印はテレワーク推進の障壁。電子化の進展は必然
  • 企業が競争力を維持し優秀な人材を獲得するためにも、電子化推進は必須

「業務の電子化は、全ての働く人のためになるもの。現場から経営層まで一丸となって進めていくべきです。」

京都大学 公共政策大学院 教授
岩下直行 さん

慶應義塾大学経済学部卒業後、日本銀行入行。金融研究所・情報技術研究センター長、下関支店長、金融機構局審議役・金融高度化センター長等を経て、2016年に新設されたFinTechセンターの初代センター長に就任。17年4月より現職。