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夏の暑さと温暖化について寄稿

IRC Monthlyに「夏の暑さと温暖化」について寄稿しました。

この寄稿、もうちょっと先の掲載かと思っていたので、「今年の夏も暑さが続いた」と過去形の書き出しになっているけれど、京都は今日も最高気温33℃なので、「続いている」と書くべきだったかもしれません。


夏の暑さと温暖化

京都大学公共政策大学院 教授
株式会社伊予銀行 顧問
岩下 直行


 今年の夏も例年に劣らず厳しい暑さが続いた。「いやー、暑いですね。温暖化対策が必要ですね。」という会話を何度も耳にした。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書によれば、地球の平均気温は過去100年間で1度程度上昇しているから、それが今年の夏の暑さにもある程度影響はしているだろうが、それですべて説明できるわけではない。むしろ、夏が暑いから温暖化対策を、というロジックには危ういものがある。
 秋になって涼しくなったら温暖化対策は不要になるのだろうか。もし来年の夏が冷夏だったらどうか。日本を含む東アジアは世界でも高温化が目立つが、この地域の温度上昇が相対的に穏やかだったら対策は不要なのか。
 地球環境問題は身近なお天気の移り変わりや河川や大気の汚染のような環境問題とは異なる。日本は高度成長期に全国各地で深刻な公害問題が発生し、多くの人々が被害を受けたが、国を挙げて積極的な公害対策が行われた結果、現在ではそれらの被害はほぼ解消している。その経験から、私たちは環境問題を身近なスケールで捉えがちだ。
 しかし、公害問題とは異なり、地球温暖化は地球規模の問題だから、一国一地域だけで解決することはできない。公害対策のように、私たちが努力すればその地域に目に見える結果が現れるわけではない。例えば、もし日本が世界に先駆けてカーボンニュートラルを達成したとしても、日本列島が特別に涼しくなることはない。逆に、たまたま日本の夏の暑さが和らいだとしても、世界的な気候変動が続けば日本の経済活動にも影響が及び、私たちも様々な不利益を被るだろう。
地球温暖化に対する対策は、すぐに成果が目に見えるものではない。仮に地球全体で二酸化炭素の排出が抑えられたとしても、それで直ちに温暖化は止まるわけではない。地球温暖化を抑制できるとしても、数十年から数百年の時間が必要だ。
 もし世界的に大きな影響力を持つ国のリーダーが温暖化に対して懐疑的な人物に交代したとしても、それで地球環境問題が消えてなくなるわけではない。政策の進め方が変わっても、解決すべき課題は残る。いかなる状況においても、過度に悲観的にならず、冷静で建設的な対応を続ける必要がある。
 この不確実な世界で私たちができることは、科学的な知見をもとに少しずつ試行錯誤を続けることだ。何が正解かはすぐには分からないが、その過程で得られるデータや経験が将来的に役立つ。気候変動の影響を完全に予測することは難しいが、実績値が積みあがればより説得力のある議論ができるようになるだろう。
 私たちが直面しているのは、長期的で複雑な問題だ。その解決には時間がかかることを認識しつつも、未来のために今できることを続けていく必要がある。一歩一歩進んでいくことが、未来への鍵となる。冷静で中立的な視点から、地球環境問題を議論していくことが重要だ。

(IRC Monthly 2025.6)