IRC Monthly 2024年3月号 に「サトシ・ナカモトの罪」について寄稿しました。
サトシ・ナカモトの罪
京都大学公共政策大学院 教授
株式会社伊予銀行 顧問
岩下 直行
昨年11月にNHK総合テレビで放映された「市民X:謎の天才『サトシ・ナカモト』」という番組
をご覧いただけただろうか。ビットコインを発明したサトシ・ナカモトなる人物の正体を巡る謎解きをドキュメンタリー風に仕上げたもので、私は謎解きに参加する探偵役の一人として出演させていただいた。
番組そのものは面白く仕上がっていたし、人々の理解を深めることに協力できたのは良かったと思う。ただ、番組のナレーションで、ビットコインを「今世紀最大の発明」と持ち上げ、登場する他の出演者がサトシを「天才」とほめそやしている部分については、正直、違和感を禁じえなかった。ビットコインはそこまで素晴らしいものではなく、それがもたらした社会的な不利益のほうが大きいと考えているからだ。
ビットコインは2009年1月に開始されたプロジェクトだから、丁度15年目になる。相場が高騰し、ビットコイン長者を生み出したけれど、街中でビットコインによる決済を目にすることはない。ビットコインから生まれたブロックチェーン技術も注目されてはいるか、実際にそれが使われているのは暗号資産周辺に限られる。つまり、ビットコインは我々の生活を改善するために何ら役に立っていないのだ。
逆に、ビットコインは様々な厄災を生み出している。例えば、企業や病院がランサムウェアに感染して事業に支障をきたすという事件が頻繁に報道されているが、ランサムウェアの多くはビットコインなどの暗号資産で身代金を払うことを要求する。ビットコインが生まれなければ、匿名で国境をまたいで身代金を受け渡しすることは難しかったから、こうした犯罪行為が流行することはなかっただろう。
フィッシング詐欺などの犯罪においても、奪われた資金はしばしばビットコインに交換される。交換してしまえばその先の追跡が難しくなるからだ。同様に、テロ資金供与や脱税、マネーロンダリングにも暗号資産が多用されている。ビットコインは国境を易々と越え、規制当局や捜査機関の取り締まりを難しくしている。この事実から目を背けてはいけない。
もう一点、重要なのは、ビットコインがもてはやされることによって地球の資源が浪費されることだろう。ビットコインによる送金を実現するために、世界中でマイニング(採掘)が行われている。主に専用装置で計算を行う行為なのだが、大量に計算するほど当たりの出やすいクジのようなもので、計算そのものには特に意味はない。相場が値上がりすると、このクジ引き競争に参加する事業者が増え、専用装置が大量に製造され、それを駆動させるために膨大な電力が消費される。その年間消費電力は、実にオランダやポーランドが1年間に消費する電力に相当すると試算されている
これらの社会的な損失は、ビットコインが生み出した社会的な利益に比べて、引き合わないほどに大きい。冒頭に紹介した番組で私は、これを「サトシ・ナカモトの罪」と指摘したのだが、その声は視聴者に伝わっただろうか。
(IRC Monthly 2024.3)