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金融審議会・暗号資産制度WGでの発言

金融庁で開催された「金融審議会・暗号資産制度ワーキング・グループ(第1回)」(2025年7月31日開催)の議事録が公開されました。以下に、私の発言部分を引用します。

【岩下委員】 ありがとうございます。京都大学の岩下でございます。

私は今回の審議会に際しまして、暗号資産の規制について改めて考えてみたわけですけれど、そこで必ず思い出すのは、2018年1月のコインチェック事件です。当時関係された方々がこの場にも多数ご列席されていると思いますけれども、あのときに580億円のNEMという暗号資産が盗難されました。私も含めて多くの人たちが、NEMのブロックチェーン上で、盗まれた暗号資産がどこにあるかは明確に確認できました。当然、規制当局も捜査当局も全てを認識していました。しかし、何もできなかった。我々は、ただひたすらそれらの資産がロンダリングされ、ビットコインに変えられ、闇に消えていくのを見守るしかありませんでした。その後も、Zaif、QUOINE、そして昨年にはDMMビットコインと、流出事件は止みません。しかも、それらの盗まれた資金が戻ってきたという事実もありませんし、ロンダリングされて消えてしまうということも変わりません。何より犯罪の首謀者は誰1人として逮捕されていないのです。

今日いろいろ御説明あった機関投資家あるいは若者向けのきれいな投資、大きな値上がり益、暗号資産の抱えている良い面の裏側に、実は深い闇があることは、我々がそういう事件のたびに、あるいはそれ以外の事象でも繰り返して認識するところであります。事故が起きたときに、当局が手の打ちようがないという深刻な欠陥のある仕組みであるということを、我々は深く認識した上で、この暗号資産についてどう取り組むか考えなければいけません。

我々は、暗号資産交換業者と顧客の間の、かなりクリーンな、まさに交換業者が頑張ってクリーンにしている領域だけを見てしまうわけですが、実際には交換業者だけでビジネスができるわけではありません。交換業者は、結局その裏にある世界中の暗号資産関係のプロの投資家が参加している、あるいは不正な取引を行う者たちが匿名で参加しているオンチェーン取引をせざるを得ないわけでありまして、こういう二階層が存在する市場であることを正しく理解した上で、これをどう規制すべきかを考えていくべきだと思います。

先ほどから、業界の方々の御説明を聞いてきて、ああ、そうだなと思ったのですが、暗号資産というのは、法律上の定義は別として、実質的にはブロックチェーンという技術によって区分されています。ブロックチェーンを利用するものが暗号資産であるという定義の仕方を多くのところでされるわけですが、これは、金融取引の区分としては、実は非常に不自然なことだと私は思います。例えば、銀行預金というものがあります。かつては通帳と判子で取引されていました。それがATMからカードで現金を引き出すようになり、今ではインターネットで取引されている。けれども、いずれも銀行預金であり、銀行法で規制されています。技術は関係ないのです。株式も、株券があった時代と証券保管振替機構が登録している時代とで、金商法は変わっていません。技術ではなくて、誰がどういう権利義務を持っているかというのが問題なはずです。

ところが、暗号資産だけは技術に着目した別枠の規制になります。なぜでしょうか。このような区分が必要なのは、実は暗号資産が何も表章していないからです。銀行預金は銀行の負債、株式は会社の持分権を表章します。暗号資産はそれらと違い、誰かの負債でも会社の持分権ではない。何だか分からないものです。だからこそ、規制のしようがなかったというのが出発点でした。

2017年の資金決済法の改正は、2015年のFATFガイダンスを踏まえて、当時主張されていた、仮想通貨は決済・送金に使えるという説明を基に設計されました。もちろん実態は投機対象であることは当時からも知られていましたけれども、一応、そういうストーリーで規制を始めたわけです。なぜならば、その本質が何であるかということを、例えば法律の条文上に明記することが事実上できなかったからです。多分その問題は引き続き、今後の定義規定等にもはねてくる話です。ブロックチェーンではない技術に変わったときに、それは暗号資産なのか。暗号資産というのはブロックチェーンという入れ物のことであって、中身は何なのかということについての議論というのは、多分今後も延々と続くでしょうし、多分答えは出ないと思います。

暗号資産の価値の源泉、なぜ値上がりするのかという議論が先ほどからありました。一応、私はこの分野の研究に長く携わっており、2008年のサトシ・ナカモト論文を更に遡ること十数年前から、アノニマス・イーキャッシュの研究をしていますので、そこに立ち戻って考えてみましょう。そもそもサトシ・ナカモトと称する人物が書いた論文には、暗号資産という言葉もブロックチェーンという言葉も一切出てこないのであって、彼は、「デジタルキャッシュ」という言葉を使っています。つまり、電子現金、匿名送金のためのツールを作りたかったわけです。それ自体は、一種の政治的な主張に基づくものでした。ただ、それが流布して広く使われてしまうと、社会秩序を揺るがす問題になります。例えばランサムウエアは、暗号資産がなければ成立しません。また、フィッシング詐欺の結果、盗まれた資金が、日本の国内から暗号資産に変えられて匿名化されて送られる、これも、実に日常的に起こっている話であります。暗号資産が悪用される事例というのは枚挙にいとまがないので、本質的にクリーンなものにはなり得ないのです。それでも値上がりする資産である限り、投資家は買うでしょう。そうした不正に、投資家は関係ありませんから。だからこそ、業界や投資家の希望をどうかなえるかという議論ではなく、社会全体の安全を守る視点が必要です。

よく投資家保護とイノベーションの両立と言われますけれども、この整理には私はあまり納得していません。投資家保護は一般的にもちろん必要ですが、果たして暗号資産投資家が当局による保護を求めているかは疑問です。一応、情報技術と金融実務の経験を踏まえて申し上げますが、暗号資産やWeb3と言われるものについて、値上がり益を得る以上のイノベーションが発生することは極めて疑わしいと私は考えています。ただ、それでは規制しなくていいのかというと、放置すればさらに状況は悪化するので、被害を限定し、問題が起きたときに手綱を残す規制は不可欠だと思います。もちろん、2018年以降、業界が健全化に努めて、規制当局も改善策を積み上げてきたので、暗号資産が、少なくとも、かつてよりはベターオフで改善しているということを否定はしませんが、しかし、完全にクリーンにするということも、これまた無理な話です。したがって、伝統的金融と分散的金融がコミングルしないような仕組み、きちんと分離してリスクを波及させない仕組みをつくるべきです。そして、投資家の信頼、社会全体の安寧を守るということを目的と掲げるべきだと私は考えています。

このワーキング・グループでは、実態、現実に根差した建設的な議論が進むことを期待したいと思います。

議事録の全文は以下のリンクでご覧いただけます:
👉 金融庁サイト・暗号資産WG議事録(2025年7月31日開催)