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ナゾと推論4 山口弁を感じるとき

 日銀下関支店長 岩下直行

山口県に転勤してきて一年以上になるが、普段の生活の中で、方言に苦労することはまったくない。もちろん、周囲の人々がこちらに気を遣って共通語を話して下さっているという面もある。ただ、あきらかにご当地言葉の会話をお聞きする場合でも、基本語彙で共通語と特に異なるものはなく、発音も明瞭なので、聞き取りに困ることはない。元々、明治時代に長州弁が共通語の母体となったという話もあるくらいだから、現在でも山口弁は共通語とさほど違わないのではないかと思う。

下関と門司を舞台にした東川篤哉のミステリー小説『もう誘拐なんてしない』には、山口弁のしゃべり方の解説がある。それによると、「語尾に『…ちゃ』とか『…のう』とか付けて、やや大げさに気合を込めてしゃべれば、それっぽい感じになる」のだそうである。山口弁は文末表現とアクセントに特徴がある、という分析なのだろう。なお、東川篤哉は広島県尾道市の出身である。

確かに、山口弁の文末表現は、その他にも「…ちょる」「…なほ」など多様だ。ただ、最近は、方言でなくても、親しみを表現したり、ちょっとおどけたりするときに、文末表現を変えるのは普通にみられる。山口弁に慣れていなくても、むしろその柔らかな表現を微笑ましく感じる人が多いのではないか。その意味では、山口弁は全国的にも受け入れられるポテンシャルを持つ方言だと思う。

しかし、私が唯一、山口弁に違和感を持つ瞬間がある。それはバスの車内アナウンスを聞くときだ。例えば、「終点、下関駅です」というアナウンスが流れると、何やら不意に詰問されたように感じ、ドキッとする。

NHK日本語発音アクセント辞典によれば、「終点」という言葉は、「しゅう」を弱く、「てん」をやや強く発音するのが標準とされる。これに対し、山口県のバスのアナウンスでは、「しゅう」に強いアクセントがある。このため、妙に気合を込めた話し方に聞こえ、耳に違和感が残るのである。

こうした傾向は、何もバスのアナウンスに特有のものではない。そういえば、かしこまった席で地元の方が発言されるのを聞いて、その力の入った話しぶりに、「随分真面目そうな人だなあ」と感じたことが何度かあった。その人と後で話してみると、別に堅物という訳ではなかったりするのだが。

山口県人は真面目な性格とよく言われる。そういう印象が持たれる背景には、案外、山口弁のアクセントが関係しているのかもしれない。

(2010.10.13日 山口新聞掲載)

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