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ナゾと推論36 テレビの時報が消えた理由

 日銀下関支店長 岩下直行

かつて、NHKのテレビ放送では、7時や12時に時報を流していた。画面全体に時計の画像が映し出され、長針と秒針が0分0秒を指し示すと同時に、「ポーン」と効果音が鳴った。わが家では、その音を頼りに、部屋の時計の時間を合わせていたのを覚えている。しかし、最近はこの時報は放映されていない。それどころか、朝のニュース番組などで、画面のスミに表示される時刻も、毎時0分0秒前後にはあえて消されているようだ。

現在では正確な電波時計が普及するなど、家庭で「時計を合わせる」という行為自体が減ったから、テレビの時報がなくなっても特に実害はないだろう。しかし、かつては時計代わりでもあったテレビが、その機能を果たさなくなったのは、なぜなのだろうか。

それは、地デジ化のためだ。本年7月の完全地デジ化を前に、既にほとんどの家庭のテレビはデジタル化されている。画像も音声も美しく、番組表も画面で確認できるなど、良いことずくめの地デジ化だが、従来の方式で正確に時報を知らせることはできなくなってしまった。

もちろん、テレビの放送局では、正確な時間に合わせて番組を放映している。問題はテレビ受像機の側だ。地デジ化で高品質な画像と音声が可能になったのは、データを圧縮して送信するようにしたからだ。受像機は、受信したデータを内蔵されたコンピュータで計算し、圧縮されたデータを元に戻す。この際に、2秒前後の遅延が発生する。試しに、デジタル、アナログのテレビを2台並べて、スポーツのライブ中継をみてみると、アナログ側の選手がわずかに先行して動いているのがわかるだろう。

◆上が地上波アナログ放送、下が地上波デジタル放送

このようなデジタル放送の遅延時間は、受像機の性能によって異なってくる。だから、放送局側から遅延を見込んで先回りした時報を送ったとしても、受像機側で正確な時間が表示されるとは限らない。現在のテレビで、あえて時報を表示していないのは、そのためなのである。

単に時報だけであれば、別の手段があるから問題はないが、テレビにこうした遅延があることは、他にも影響がある。特に問題となったのは、緊急地震速報だ。地震の大きな揺れが数秒後に到達することを知らせるこの機能にとって、わずかな遅延でも影響は深刻だ。これに対処するため、この信号に限り、圧縮と復元をバイパスする方式に変更された。現在では、デジタルでもほぼ遅延なく、画面に「緊急地震速報」の文字が表示され、チャイムが鳴るようになった。

このように実務上の問題は解決されつつあるから、テレビの映像にわずかな遅延があったとしても、実害はない。しかし、テレビでスポーツのライブ中継を見ているときに、ふと、「このゴールの映像は、本当のライブから2秒遅れて届いたものなんだなあ」と考えると、私は少しだけ不思議な気分になるのである。

(2011.6.1日 山口新聞掲載)

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