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東京都の独自デジタル通貨構想を巡って

東京都の小池知事の「独自デジタル通貨構想」というニュースが気になったので、所信表明の原文にあたってみました。

2019年9月3日更新
令和元年第三回都議会定例会 知事所信表明


「キャッシュレス化の促進は、都民や外国人旅行者の利便性向上はもとより、決済データを活用した新たなサービスの創出等に繋がる、重要な成長戦略であります。今年度より開始するモデル事業では、SDGsの推進に貢献された皆様に、民間の決済サービスで利用できる都独自のデジタル通貨を発行し、キャッシュレス決済の拡大に繋げてまいります。」

なるほど、「SDGsの推進に貢献された皆様」に「都独自のデジタル通貨を発行」とありますね。

連邦制の国とかで、地方政府が通貨発行権を持っている国は珍しくはありません。現在でも、例えばスコットランドでは独自の紙幣が発行されています。それは、イングランド銀行の発行するポンド紙幣と等価で利用されるものですし、イギリス国内での発行量からするとごく少量ですが、象徴的な意味があるのでしょう。

これに対して、日本では、地方政府が通貨を発行する仕組みは存在しません。地域通貨や地域振興券のような仕組みは、通貨というよりも商品券のようなもので、転々流通するのではなく、地域内の商品やサービスと交換されて代わり金が売り手に入金されるという流れとなっています。

「SDGsの推進に貢献された皆様」を顕彰するために表彰状や商品を贈るということは自治体の仕事としてよくありますが、デジタル通貨を「発行」するというのは不思議な宣言です。記念のメダルのようなものなら分かりますが、デジタル通貨は単なる情報の羅列ですから、記念に取っておくことはできないでしょう。表彰者に金一封を贈り、贈られた紙幣が消費されるのと同じ流れになるでしょう。

さて、その場合、「民間の決済サービスで利用できる都独自のデジタル通貨」は、民間の決済サービス網を通じて発行者の負債として還流するのでしょうか。それとも、通貨として転々流通し続けるでしょうか。

こういう構想を立案する人は、金融や決済の仕組みをあまりご存じないことが多いようです。デジタル通貨という言葉も多義的で、Suicaのことなのか、Libraのことなのか、Bitcoinのことなのか、イメージが良く分かりません。

自治体独自のデジタル通貨というと、一頃注目されていた「自治体ICO構想」を連想しますが、世界的なICOブームが去った現在では、あまり話題にのぼらなくなりました。自治体が株式のようなトークンを出して競い合うというのは、一見良いことのようですが、自治体を信じてトークンを買った人を最終的に失望させるだけに終わるので、まっとうな自治体が手を染めるべき領域とは思いません。

もし仮に、「都独自のデジタル通貨を発行」することが、打ち出の小槌のように財源なしで経費支出ができる手段だというイメージが持たれているのだとすれば、そんなうまい話は世の中にはありません。発行するデジタル通貨は地方政府の負債の一種であり、それが還流する時点で経費支出が必要となるのは、他の施策と何ら変わりません。都合の良い夢を思い描いている人が、将来に負の遺産を残さないことを祈るばかりです。