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サトシ・ナカモトの罪

11月13日にNHK総合テレビで放映された「市民X : 謎の天才『サトシ・ナカモト』」という番組に出演した。ビットコインがサトシ・ナカモトを名乗る正体不明の人物によって発明されたという証拠は多数残っているのだが、そのサトシなる人物の正体が誰なのかはいまだに不明だ。この番組はその謎解きをドキュメンタリー風に仕上げたもので、私は謎解きに参加する識者の一人となったのである。

番組そのものは面白く仕上がっていたし、人々の理解を深めることに協力できたのは良かったと思う。ただ、番組のナレーションで、ビットコインを「今世紀最大の発明」と持ち上げたり、登場する他の識者がサトシを「天才」とほめそやしている部分については、正直違和感を感じた。ビットコインはそこまで素晴らしいものではないし、むしろそれがもたらした社会的な不利益のほうが大きいと考えているからだ。

ビットコインは2008年にサトシを名乗る人物がネット掲示板に投稿した論文に基づき、2009年1月に開始されたプロジェクトだから、もうじき15年目になる。相場が高騰し、ビットコイン長者を生み出したとメディアで騒がれているけれど、街中でビットコインによる決済を目にすることはない。ビットコインから生まれたブロックチェーン技術も注目されてはいるか、実際にそれが使われているのは暗号資産周辺に限られる。新たな投機対象を生み出しているという意味で注目されてはいるが、それ以上のものではないし、投機対象が値上がりし続けるとは限らない。つまり、ビットコインは我々の生活を改善するために何ら役に立っていないのだ。そんなものが「今世紀最大の発明」といえるだろうか。

逆に、ビットコインは様々な厄災を生み出している。例えば、企業や病院がランサムウェアに感染して事業に支障をきたすという事件が頻繁に報道されているが、ランサムウェアの多くはビットコインなどの暗号資産で身代金を払うことを要求する。ビットコインが生まれなければ、匿名で国境をまたいで身代金を受け渡しすることは難しかったから、こうした犯罪行為が流行することはなかっただろう。

フィッシング詐欺などの犯罪においても、奪われた資金はしばしばビットコインに交換される。交換してしまえばその先の追跡が難しくなるからだ。同様に、テロ資金供与や脱税、マネーロンダリングにも暗号資産が多用されている。ビットコインは国境を易々と越え、規制当局や捜査機関の取り締まりを難しくしている。この事実から目を背けてはいけない。

もう一点、重要なのは、ビットコインがもてはやされることによって地球の資源が浪費されることだろう。ビットコインによる送金を実現するために、世界中でマイニング(採掘)が行われている。主に専用装置で計算を行う行為なのだが、大量に計算するほど当たりの出やすいクジのようなもので、計算そのものには特に意味はない。相場が値上がりすると、このクジ引き競争に参加する事業者が増え、専用装置が大量に製造され、それを駆動させるために膨大な電力が消費される。その年間消費電力は、実にオランダやポーランドが1年間に消費する電力に相当すると試算されている。ビットコインのマイニングは、単にクジ引きのための無意味な計算に地球の資源を浪費している訳で、地球環境問題の観点から放置できない問題である。

これらの社会的な損失は、ビットコインが生み出した社会的な利益に比べて、引き合わないほど大きい。冒頭に紹介した番組で私は、これを「サトシ・ナカモトの罪」と指摘したのだが、その声は視聴者に伝わっただろうか。