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全銀システムについて寄稿

IRC Monthlyに全銀システムについて寄稿しました。


全銀システムの未来

京都大学公共政策大学院 教授
株式会社伊予銀行 顧問
岩下 直行


2023年10月10日早朝、全国の金融機関が利用する全銀システムに障害が発生し、一部の金融機関に対する振込が決済されなくなった。その影響は全国に及んだから、迷惑を被ったお客様も少なくなかったことだろう。金融業界の一員として、申し訳なく思う。

全銀システムは操業開始以来50年間、深刻な障害を経験したことがなかった。金融機関間の送金は滞りなく実行されるのが当たり前で、数百万件に及ぶ振込不能が発生するのは初めての経験だ。10月12日朝に全ての未処理取引が解消され、障害が復旧するまでに2日間を要した。

今回の障害は、一部金融機関が使用する中継コンピュータ(RC)を新世代に更新したことが引き金であった。通常、この種の更新は高リスクであり、安全策として巻き戻しも視野に入れるべきである。しかし、今回は部分改修で対応可能との不適切な判断が被害を拡大させた。システムにバグや障害はつきものだから、現場で運用にあたる人の判断が被害がどう拡大するかを決することになる。情報システムの運用においては、トラブル発生時に適切な判断ができる体制を普段から組んでおくことが大切である。

そして、もっと長期的な視点として、全銀システムの開発、運用に掛かる体制をどう見直していくかも考えていく必要がある。普段、問題なく動いている限りは、「これまでうまくいっていたのだから、これからもうまくいくだろう」と安易に考えてしまいがちだ。しかし、50年間、大きな枠組みを変えずに維持更新されてきた情報システムというのはそもそも珍しい。多くの情報システムは、マイクロエレクトロニクスの進化、具体的にはPCやインターネット、スマホの登場で、基本コンセプトからの見直しを迫られてきた。

1960年代に、旧電電公社と地方銀行協会が協力して築き上げた地銀データ通信システムを源流とする全銀システムは、世界初の全国決済ネットワークとして立派な歴史的使命を果たしたけれど、現在となっては、およそ時代遅れのものとなっている。古い大型コンピュータに機能をつぎはぎにした複雑で高コストな構造を、未来に引き継いでいくべきではないだろう。

ここ10年ほどの間に、世界全体で決済システムの世代交代が進んでいる。24時間365日、安全確実に決済ができるだけでなく、現代の情報技術を普通に利用する持続可能な決済システムが導入されるようになっている。それらは古いシステムへのつぎはぎではなく、全く新しいシステムとして作られる。例えば、インドのUnified Payments Interface (UPI)は、2016年に運用開始された新しい決済システムだが、24時間365日無料で利用できることもあって取引量は急増しており、2022年の年間取引件数は全銀システムの約50倍に達している。

決済システムは経済の基盤として不可欠である。今回の障害を教訓に、全銀システムの見直しをどう進めていくべきか、最新の技術の知見や他国の動向を踏まえて、関係者が未来志向で考えていくべきだろう。

(IRC Monthly 2023.12)