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ナゾと推論7 フグの皮

 日銀下関支店長 岩下直行

下関の冬といえばフグである。大きな皿に盛りつけられた薄造りの刺身を囲むと、誰もが幸せそうな顔つきになる。

この刺身の皿に、細切りにされたフグの皮の湯引きが添えられることも多い。フグの皮は三種類に分かれる。黒っぽい表皮層はサメカワ(鮫皮)、白く透明な中間層はトウトウミ、肌色の最下層はミカワ(身皮)と呼ばれる。特にトウトウミはゼラチン状でコリコリとした食感が面白く、和え物で食べてもおいしい。

この部位がトウトウミと呼ばれるのは、昔の国名の駄じゃれなのだそうだ。この部位はミカワ(身皮)のすぐ隣にある。ミカワは三河の国(愛知県東部)に通じるので、そのすぐ隣にある遠江の国(静岡県西部)にちなんでこの名前が付けられたらしい。遠江は仮名では「とおとうみ」と書くのが正しいのだが、元の意味が失われて音だけが伝わったので、トウトウミとなったのだろう。

この遠江という旧国名は、近江(おうみ)と対をなすものだ。近江の国(滋賀県)には琵琶湖があり、遠江の国には浜名湖がある。琵琶湖は京都から近い湖(淡海、おうみ)、浜名湖は京都から遠い湖(遠つ淡海)ということで、各々の国名がついたのだという。

このように、旧国名は、京都からの距離に着目して、近と遠、上と下、前中後などを付けたものが多く、古代日本における地理感覚が分かって面白い。例えば千葉県は、北から下総、上総、安房の三国に分かれている。京都から行くとすると、現代ならば、東京を経由してまず下総から入ることになる。しかし、古代では、その国境に利根川が流れていた(江戸時代に千葉県の北側を横切るように河川改修された)。この大河とその氾濫原を越えて行くのが大変なので、三浦半島から船で房総半島に渡り、上総を先に通るルートが使われたらしい。現代の感覚では京都から遠い国のほうに「上」が付くのはこのためだ。

山口県は山陰・山陽の五県のひとつだが、この地方は古くから「中国」と呼ばれてきた。その語源を調べてみると、これもまた京都からの距離がポイントらしい。かつて、近畿の諸国は近いので近国(きんごく)、九州等は遠いので遠国(おんごく)と呼ばれていたが、山陰・山陽の国々はその中間なので、「京都に近くも遠くもない国」という意味で中国と呼ばれ、それがこの地方の固有名詞となったものらしい。

近年、中華人民共和国が経済発展を遂げ、日本国内でも極めて頻繁に話題に上るようになったので、「中国」という言葉を使うときに注意が必要になってきた。「中国地方」と書かないと、外国のことと誤解されかねない状況だ。山陰・山陽の中国は、「中心」、「中央」の意味ではなく、「中ほど」、「中庸」の意味で付けられた、奥ゆかしい名前である。今後も大切に使い続けていきたいものだ。

(2010.11.3日 山口新聞掲載)

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