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ナゾと推論14 豊かさの指標

 日銀下関支店長 岩下直行

21世紀になって、最初の10年が終わろうとしている。世間の論調を見ると、経済の現状に関する厳しい評価が目立つ。過去10年間で、我々は豊かさを失ってしまったのだろうか。

一国の経済的な豊かさを示す代表的な指標にGDPがある。この統計は、国内で1年間に作り出されたモノとサービスの価値を集計したもので、経済成長率といえば、このGDPの伸び率を指す。この数字は同時に、国民全員の所得を集計したものでもある。だから、1人当りGDPは、国民の平均的な年収を表したものということもできる。

わが国の(名目)GDPは、2000年度には504兆円であったが、2010年度の政府見通しは479兆円程度であり、この10年間で5%もの低下となっている。国民の平均的な年収もほぼ同率減少したことになる。戦後、GDPが長期にわたってこんなにも減少したことはなかった。もちろん、経済的な豊かさだけがすべてではないが、こうした金銭的な指標を見れば、悲観的な見方が多くなるのももっともだと思う。

一方、別の見方もある。金銭的な指標を離れて、生活の実感という観点から考えてみよう。

例えば、普通の家庭のリビングルームを10年前と現在とで比較したら、多分、最も変化しているのはテレビだろう。10年前は20インチ前後の大きさのブラウン管テレビが主流だった。画像は荒く、ビデオに録画すると更にノイズが気になった。ところが現在では、地上デジタル放送化の影響で、多くの家庭で大きな薄型テレビへの買い換えが進んでいる。ビデオ機器の機能も高まり、映像ソフトも充実してきたから、内容的にも画質的にもより良い映像を家庭で楽しむことが可能になった。かつてはテレビの番組表に縛られた生活をしていたのに対し、今では時間を気にしないで、見たい時に録画しておいた番組を楽しむのが普通になっている。

他にも、携帯電話の普及が進み、その機能も高度化した。高機能のエアコンや給湯器、さらにはウォシュレットの普及など、10年前と比べて飛躍的に便利で快適で清潔な生活を多くの人々が手に入れている。だから私は、10年前の生活に戻りたいとは思わない。こうした変化はGDP統計には反映されないが、だからといってこの10年を「失われた10年」と考えることには違和感がある。

このように、経済的な豊かさに限ってみても、その評価は様々だ。しかし、やはり本質は生活の実感にあると思う。我々は全体としては豊かになる方向に進んでいる、そう信じてよいのではないだろうか。

(2010.12.22日 山口新聞掲載)

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