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日銀マンのIT企業見聞録8 情報洪水のなかで

日銀で勤務していたころは、回覧物の処理にかなりの時間を割いていた。机上には未決・既決と書かれたボックスがおかれ、社内文書が流れている。未決ボックスのなかには、部下から上がってきたレポートや、庶務的な通知類、雑誌や新聞の切抜きなどが混在している。決裁証跡を残すために、あえて紙媒体で回覧しているものも多い。気を抜いているとすぐに回覧物がたまってしまうので、次々に読んでは既決ボックスに移していく。そうやって常に情報をアップデートしておくことが大切だと、若いころから教えられてきた。

日立に出向してきてちょっと戸惑ったのは、机上に回覧物を入れるボックスがなかったことだ。連絡事項は電子メールで知らされるのが基本だが、社内のイントラネットで初めて知らされる情報も多い。新聞や雑誌は回覧されないから、もし必要ならネット検索して情報を入手することになる。自らが能動的に情報をとりにいかないと手に入らない。

最初は少し不安に感じたが、イントラネットでの検索の要領を理解し、社内SNSで交わされるQ&Aを参照するようになると、これはこれでよい方法だと思うようになった。なにより、自分の仕事のペースにあわせて、情報をインプットするかしないかを決められることはありがたい。その反面、ちょっと気を抜くと情報過疎に陥ってしまうおそれがある。動きの激しいITの世界を相手にしていればなおさらだ。

そこで、いくつかのルールを自分に課すことにした。毎朝みるネット上のサイトを決めておき、どんなに忙しくても必ず巡回してチェックする。個人が運営する専門分野のブックマークをまとめたサイトが中心だ。通勤途上にスマホでチェックするツイッターも貴重な情報源となる。そこで仕事に有用と思われる情報をみつけたら、要点を整理して職場の同僚にメールで知らせておく。それが自分自身の備忘録にもなる。

とはいえ、ネットにあふれる情報は膨大で、日々増え続けている。自分の関心分野に限ったとしても、読みたい資料のすべてを読むことはとてもできない。本当に必要な情報をどう選択するか悩むことになる。

ソーシャルメディアの分析で名高いクレイ・シャーキーは、「情報洪水などない。それは情報選別の失敗だ」と喝破した。インターネットやソーシャルメディア以前の世界でも、人々は日々の営みのなかで多くの情報を生み出していた。変わったのは、その選別の担い手だ。以前は出版社や新聞社が選別した情報だけが活字となった。現代は、情報が選別なしに発信される。その分、情報を選別する責任は受け手に移った。情報洪水とは、この受け手の情報選別スキルの低さという問題なのだ。

情報選別の悩みは現代人に共通の課題といえるだろう。筆者は毎朝、スキルを磨く貴重な経験だと思いながら、情報の選別に励んでいる。

(週刊金融財政事情2012.4.16号掲載)

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